中学生の頃、友達同士で「怖いもの」が流行りました。
コックリさんみたいなオカルト体験を求めるのではありません。
気持ち悪い絵の漫画を回し読みしたり、集まって猟奇殺人の映画やビデオを観たりして、物語の怖さを楽しんでいました。
そんなある日、浦ちゃんというあだ名の友達が「すごく怖いの」と、シリーズものの漫画を貸してくれました。御茶漬海苔でも楳図かずおでも松本洋子でもありません。それは、手塚治虫『火の鳥』でした。
映画『鳳凰編』は観ていたのですが、ほかにもエピソードがあったことを、当時の私は知りませんでした。怖いというより虚しさを覚えた作品です。あの人物は、その後どうやって生きたのだろうかという恐怖は、確かにありました。
版は、『漫画少年 別冊』です。
順番どおりに『黎明編』から入り、「この世にこんなに面白い漫画が合ったなんて!」と、浦ちゃんの家にあった作品は全巻借りて、一気に読みました。
浦ちゃんが特に怖がっていたのは、『未来編』です。
想像もつかない時を、たった独りで生きなければいけない。
死ぬこともできないことに、彼女は恐怖を感じていました。
私はそれよりも何よりも、『望郷編』がとてつもなく怖くて、いまだにトラウマになっています。
『望郷編』は、ある無人星に移り住んだカップルの女性が主人公の作品です。男性は死亡し、女性は自分の子供と子供を作り、男性の種族を残そうとします。ですが、生まれた子供は男の子ばかり。これでは近いうちに崩壊します。その状況を助けたのが、火の鳥です。宇宙人の雌をその星に送り込み、子供を作らせます。やがて、女性はその星の女王になりますが、故郷の地球に帰りたくなり、お供を連れて、宇宙船に乗り込みます。
同じく浦ちゃんから貸してもらって読んでいた、だーちゃんという友達も、『望郷編』をものすごく怖がっていました。だーちゃんは、宇宙船に同乗する雌雄合体生物に怯えていました。確かに、その生物も私のトラウマになっています。
ですが、もっと怖かったのは、地球に向かう際に着陸した星です。
例えば、クレーターのような大きな穴がたくさんある星では、その穴から大きなヘビが出てきて……出てきて……怖くてこれ以上は書けません。ほかの星でも、植物が……もうこれ以上は無理です。ごめんなさい。
星は遠くから見るだけで充分です。想像の範疇を超える生き物がいるとは、あまり考えたくありません。
怖いものを面白がっていた私は、宇宙が怖いということを知りました。
それからあまり時を置かずに、私の家にも『火の鳥』全巻がやってきました。
きっかけは、なんと1989年の消費税導入です。
母が、「消費税が始まる前に、高いものを買っておかないと!」と、角川書店版『火の鳥』の、当時刊行されていたものを全て買ってきたのです。確かに、ハードカバーの漫画は結構な値段がしました(もっとほかに買うべきものがあったのではと思いますが、こういう大人は好きです。親だとちょっと困ります)。
漫画少年と比べると、多少の変更がありました。『望郷編』はかなり異なります。別々の高校に行っただーちゃんから「豪華な本は大丈夫だから読んでみたら」と連絡をもらっていたので、読んでみました。
だーちゃんのトラウマ場面はなくなっていました。
でも、星は変わっていませんでした。
あれから30年近く経っても、ページをめくれません。なのに、あのヘビの表情は、はっきりと覚えています。できるなら、記憶から消し去りたいです。
角川書店版の『火の鳥』は、私が譲り受けました。2冊なくなってしまいましたが、残りは我が家のお大事本専用棚に入っています。画像の『ギリシャ・ローマ編』は、母が購入していなかったので、後から私が買い足しました。版違いでも、少しずつ集めています。
浦ちゃんもだーちゃんも母も、おそらく覚えていないエピソードです。
人はそれぞれ、怖がるポイントが異なることを知りました。
1973年生まれ
作家。近刊は『暗黒10カラット-十歳たちの不連続短編集-』(行舟文化/2022年)。
ボードゲーム好きで『人狼作家』の編集も手がけ、羽住典子名義でミステリ評論活動も行っている。
X:https://x.com/noriko_c
-古書店三月兎之杜からの詳しいご紹介-
・日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員。
・2007年に二階堂黎人氏との合作『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』にてデビュー(当時は宗形キメラ名義)。その後は単独名義にて『マーダーゲーム』『シンフォニック・ロスト』(以上講談社)を発表。なお講談社ノベルスの公式WEBサイト「あとがきのあとがき」では、『シンフォニック・ロスト』執筆時のご苦労話が読めます。
・2017年に単著三作目『鵬藤高校天文部 君が見つけた星座』(原書房)を上梓。ほかに共著として『人狼作家』(原書房)、『サイバーミステリ宣言!』(角川書店)、『平成ストライク』(角川文庫)など。
・ミステリ作家としてご活躍の一方、羽住典子名義で評論家としても精力的に活動中。所属する「探偵小説研究会」では『本格ミステリ・ディケイド300』、『本格ミステリ・ベスト10』(共に原書房)の編纂にも携わられております。
・2023年10月より、秋葉原ジャンク通りの<和牛カレーが堪能できるカレー専門店>「レボリューション×エボリューション(レボエボ)」のオーナー。
<店舗情報>
Website:https://akiba-curry.com/
X:https://x.com/RevoEvoCurry