本格ミステリ好き女子(偶然の我孫子武丸先生)|第9回 千澤のり子 エッセイ

 大学3年生の冬から社会人2年目の夏まで、モデルルーム専門の受付アルバイトをしていました。物件は都内近郊のあちこちにあり、リーダーでない者は、完売あるいは残り戸数の少ない物件を渡り歩く日々でした。
新人の頃に出向いた先は、購入者がたまにいらっしゃるくらいで、ほとんど来客はありません。仕事内容は、簡単な掃除と飲み物を準備したら、朝から晩まで受付で座っているだけのお留守番業務です。クライアントさんからは「勉強や読書ならしても構わない」と言われていたので、好きなだけ本を読んでいました。
半年くらい経ってから、オープン直後物件の激務に追われたり、受付二人以上の体制の物件に助っ人で行ったりするようになりました。そのおかげで、ほかの受付の人たちとも顔見知りになれました。
でも、毎日同じ人に同じ場所で会えるわけではありません。一緒に働く人は選べず、いろいろな女の子たちに出会いました。私は人見知りが激しくて口下手ですが、あまりそんなふうに見られないのは、このバイトの経験があるからかもしれません。
 埼玉方面に多く派遣されていたTさんとは、同じ年でよく同じ物件に入っていたため、特に親しくしていました。
たまたま暇な物件で一緒になったある日。
「我孫子武丸って知ってる?」
 すごく驚きました。読書好きな人はいても、推理小説を読む人はほとんどいなくて、さらに新本格というジャンルの作家を知っている人には出会ったことがなかったからです。
 私が一番好きな作品は『小説たけまる増刊号』。評論やエッセイも入った短編集で、一冊まるまる雑誌の体裁を取っています。その中に入っている「叙述トリック試論」に感銘を受けています。

「大好き。すごく面白い。特に『殺戮にいたる病』!」
 当時、お世話になった人には、そのたびに購入して差し上げていたくらい好きな長編です。
「『かまいたちの夜』はやった?」
「うん! でも、総クリアはしてない」
「ほかのシナリオも面白いんだよ! 解こうよ!」

 Tさんはゲームが大好きで、まだ誕生したばかりのサウンドノベルにも詳しい方だったのでした。『かまいたちの夜』から我孫子さんの作品を読むようになり、ほかのミステリ作品も注目するようになったそうです。
 ゲームはメインのエンディングが見られたらおしまいというタイプであった私は、それから全クリアを目指しました。今ならエクセルにフローチャートを作成しますが、パソコンは触ったことがなかったので、広告の紙の裏にシナリオと選択肢のメモを取っていきました。途中経過の報告や、我孫子作品、ほかのゲームや本に関する話をするのが楽しくて、Tさんとは個人的に連絡を取って、休日に遊びに行くようにもなりました。
『かまいたちの夜』はリメイクされたり別のハードからシリーズ化されたりしています。『本格ミステリ・ベスト10』で一度だけゲーム記事を担当したことがありますが、ちょうどその年に出た『真かまいたちの夜 11人目の訪問者』を書けたのが、いい思い出になっています。視点を変えたらまったく別の風景が浮かび上がるという、サプライズエンディングもありました。

その後、人生にいろいろあったので、Tさんも含む、昔仲の良かった人たちとはいつの間にか疎遠になってしまいましたが、我孫子さんご自身に出会うことができました。
パーティーでお見かけしてご挨拶をしただけでなく、我孫子さんが進行を務める「合評・メフィストの読書会」に呼んでいただけたのです(後注)。また、日本推理作家協会の囲碁同好会でお会いしたり、先ほどの読書会に再び呼んでいただけたり、自分が編集した『人狼作家』のプレイヤーになってくださったり、とてもお世話になっています。

このような経緯があるため、いまだに私は我孫子さんにお会いすると固まってしまいます。ああ、感じの悪い人と思われたらどうしようと余計な心配をしたこともありましたが、むしろ、逆なのですと、この場でお伝えできてよかったと思っています。


(注)3枚目「ミステリの枠を超えて -メフィストの読書会 第5回-」ミステリ評論家「羽住典子」として参加(編集者より)


 

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