(「怪奇探偵小説集」鮎川哲也編/双葉文庫)
今から16年以上前の秋、2歳だった息子が、初めて運動会に参加しました。
その頃、彼は隣街にある無認可の託児所に通っていたので、公立保育園のような大きな行事はありませんでした。もっと大きくなってから参加するものだと思っていました。
ところが、私の実家が所属している町内会から、子供の人数が足りないので、子供会の連合運動会に出てほしいと頼まれたのです。
参加賞としてお菓子がたくさんもらえると、両親から言われました。お弁当も付くそうです。当時、お菓子なんて、実家か保育園のおやつでしか食べられない生活をしていたので、私も息子も喜んで参加しました。
種目は、未就学児童たちによるお菓子拾いです。小学校の校庭の端から走り、真ん中に置いてあるお菓子を拾い、そのまままっすぐゴールまで走って終わり。それだけでも、親にとっては楽しい瞬間でした。どの子たちも誇らしそうな表情だったのを覚えています。
小学校は、私の母校でもあります。息子が両親と遊んでいる間、一人で校舎に入ってみました。運動会の参加者が使う1階の東トイレは、昔、はなこさんというお化けが出ると言われていたところ。その先にある廊下から見える公園では、白骨死体が見つかったとかどうとか。一番奥の理科室には、妙にリアルな骸骨がいたはず。
怖い場所だったので、現役時代にもあまり立ち入らなかったその廊下には、本がたくさん置いてありました。どれも、小学校の隣にあった図書館の本です。物心がついてから、図書館には毎日のように通っていました。絵本、図鑑、神話、民話、怖い話、SF、児童文学、少女小説。幼稚園に入る前から、小学校卒業まで、片っ端から読みまくっていました。初めてミステリの小説を読んだのも、そこの図書館です。
閉館したのは、中学校に入学して間もなくでした。だから、大人の本、特に国内の本は、どんな内容のものがあるのか、知りませんでした(海外ミステリはチェックしていて、借りて読んでいました)。
その図書館の本が、「ご自由にお持ちください」とたくさん置いてあったのです。近くにいた老年の男性からも、「残ったら捨てちゃうから、好きなだけ持って帰っていいよ」と言われました。
捨てちゃうなんてもったいない!
まだ読んでいないミステリだけでも……と、抱えられるだけ積み上げました。当時でも入手困難のハードカバーばかりです。ほかの本も、引き取ってくれる場所がありますようにと心底願いました。
外に出ると、同じ町内会の人たちはびっくりしていました。近所の方や私の同級生におすそ分けしても、10冊以上は残りました。両親はちょっと呆れ顔。息子は「こんなにいっぱい本もらっちゃったねえ」と大喜びでした。
(「悪夢は三度見る」日下圭介/講談社、「血の季節」小泉喜美子/早川書房)
写真のほかには、梶龍雄『透明な季節』(ハードカバー)、『灰色の季節』、『ぼくの好色天使たち』がありました。『灰色の季節』は特に希少本なので、もしもこのときに出会えなかったら、一生読めなかったでしょう(現在は梶龍雄コレクターの友人に譲っています)。あと数年早く生まれていたら、きっと私は図書館でこれらの本を読んだのだろうなあと思うと、ちょっとだけ悔やみます。
ところで、最近、ネット経由でちょっと珍しい古本を買いました。もしかしたら、私が所属している探偵小説研究会の機関誌で、何か書けるかもしれないと思ったのです。
小学校のときに読んだ本なので、中身はすっかり忘れていますが、有名なミステリ作家の書いた本だったと、あとになって知りました。30年以上前に出た外国の児童書で、復刊はされていません。そのせいか、定価の4倍くらいに価格も上がっていました。
届いた中身を開けてみたら。
なんと、まったく知らない街の図書館の放出本だったのです。
原価ただじゃないのよ! と叫びたくなりました。
でも、その人が引き取らなかったら処分され、売ってもらえなかったら私の手には入らなかったと思うと、本と再会できたことに感謝せざるをえません。
1973年生まれ
作家。近刊は『暗黒10カラット-十歳たちの不連続短編集-』(行舟文化/2022年)。
ボードゲーム好きで『人狼作家』の編集も手がけ、羽住典子名義でミステリ評論活動も行っている。
X:https://x.com/noriko_c
-古書店三月兎之杜からの詳しいご紹介-
・日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員。
・2007年に二階堂黎人氏との合作『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』にてデビュー(当時は宗形キメラ名義)。その後は単独名義にて『マーダーゲーム』『シンフォニック・ロスト』(以上講談社)を発表。なお講談社ノベルスの公式WEBサイト「あとがきのあとがき」では、『シンフォニック・ロスト』執筆時のご苦労話が読めます。
・2017年に単著三作目『鵬藤高校天文部 君が見つけた星座』(原書房)を上梓。ほかに共著として『人狼作家』(原書房)、『サイバーミステリ宣言!』(角川書店)、『平成ストライク』(角川文庫)など。
・ミステリ作家としてご活躍の一方、羽住典子名義で評論家としても精力的に活動中。所属する「探偵小説研究会」では『本格ミステリ・ディケイド300』、『本格ミステリ・ベスト10』(共に原書房)の編纂にも携わられております。
・2023年10月より、秋葉原ジャンク通りの<和牛カレーが堪能できるカレー専門店>「レボリューション×エボリューション(レボエボ)」のオーナー。
<店舗情報>
Website:https://akiba-curry.com/
X:https://x.com/RevoEvoCurry