ある日突然カレー店のオーナーになってから2ヶ月ほど経った頃。
今後の方向性に、私は非常に迷っていました。
選択は3つあります。
このまま経営を続けるか。
閉店するか。
誰かと共同経営をするか。
このような考えになった経緯につきましては、大概の方は予測がつくでしょう。
それほど、経営状況が厳しかったのです。
答えは早急に出さないとならない――。
一体、どうしたらいいのだそう。
そんなとき、イベントの打ち合わせで、飲食コンサルタントさんがクライアントさんとともなってご来店されました。
私は現状を包み隠さず、お伝えしました。
「それは厳しいね……」という重い空気の中、コンサルさんが口火を切りました。
「この人、店をやりたがってるんですよ。こんなにボロボロになっても、何にも分からなくても、それでも店をやろうとしているんですよ!」
言葉を発するよりも、驚きが先にきました。
自分の本音を、人さまに言われたのは初めてです。
勝負に出ようと、私はコンサルさんについていくことを決めました。
「その代わり、オーナー。地獄を見ますよ」
「すでにいますから」
「そんなもんじゃないですよ」
本当の地獄に一歩踏み出したとき、私はコンサルさんから一冊の本を勧められました。
タイトルは、『7つの習慣』。漫画版です。成功者の心構えみたいな内容です。
これまで、仕事で本を勧めることはたくさんありましたが、逆はめったにありません。
(ハウツー本は苦手なんだよなあ……)
何が書いてあるのかは分かります。でも、難しくて、実践できそうにありません。
「今日読んだなら、次は1ヶ月後に読む。その次は半年後。1年後にまた読めば、内容を自分の中に落とし込めます」
仕事で何度も同じ本を読むことはたくさんあっても、プライベートで再読はほとんどしていません。読書はあくまでもエンターテインメントだと思っていたからです。
1ヶ月後。再び読んでみると、だんだん分かった気になってきました。
半年後、最初のほうは、過去の自分を見ているようで恥ずかしくなっています。
店を始めてから1年経った今。
実践できているのかどうか、自分では判断がつきません。
相変わらず、毎日怒鳴られ、呆れられ、いつ見捨てられるか怯えながら過ごしています。
けれど、ちょっとだけ、変わってきたことがあります。
それは、『7つの習慣』の第二項目「終わりを思い描く」を、考えられるようになったことです。
今はコンサルさんに頼りっきりですが、いずれ、自分が店を引っ張っていく時がやってくる。
そのためには、どうすべきか。
今日やること、明日やることは見えています。今の時点では、それでやっていこうと思っています。
「千澤さんってめげないよね」
「そうですかねえ」
「心が無いんだ」
なんてことを言われた日もありましたが、決して感情が無いわけではありません。
どん底まで自分を追い詰め、そのエネルギーを執筆に向けていたように、あらゆる負の感情を閉じ込め、近々やってくる生涯一のイベントに向けています。
決戦は11月2日、3日。
第1回から、毎年楽しみにしていた神田カレーグランプリの決定戦に、私の店・レボリューション×エボリューションが出場します。
ご興味のある方、ぜひ会場にお越しくださいませ。JR神田駅のすぐ近くです。
なお、私は仕込みのため、店におります。
「せっかくの晴れ舞台なのに?」
いくつか声をいただきましたが、オーナーなんて、そんなものです。
そうそう、まだ私は地獄におります。
実感できるということは、生きている証拠です。
身体も心も無くなるよりは、地獄にいるほうが楽しいですよ。
私がこんな考えに至ったのは、おそらく、『7つの習慣』を理解できるようになったからかなと思っています。気になられて読んだ方はきっと、人生が楽になるでしょう。
※(編集者注:)こちらは11月1日に執筆された文章です。
1973年生まれ
作家。近刊は『暗黒10カラット-十歳たちの不連続短編集-』(行舟文化/2022年)。
ボードゲーム好きで『人狼作家』の編集も手がけ、羽住典子名義でミステリ評論活動も行っている。
X:https://x.com/noriko_c
-古書店三月兎之杜からの詳しいご紹介-
・日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員。
・2007年に二階堂黎人氏との合作『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』にてデビュー(当時は宗形キメラ名義)。その後は単独名義にて『マーダーゲーム』『シンフォニック・ロスト』(以上講談社)を発表。なお講談社ノベルスの公式WEBサイト「あとがきのあとがき」では、『シンフォニック・ロスト』執筆時のご苦労話が読めます。
・2017年に単著三作目『鵬藤高校天文部 君が見つけた星座』(原書房)を上梓。ほかに共著として『人狼作家』(原書房)、『サイバーミステリ宣言!』(角川書店)、『平成ストライク』(角川文庫)など。
・ミステリ作家としてご活躍の一方、羽住典子名義で評論家としても精力的に活動中。所属する「探偵小説研究会」では『本格ミステリ・ディケイド300』、『本格ミステリ・ベスト10』(共に原書房)の編纂にも携わられております。
・2023年10月より、秋葉原ジャンク通りの<和牛カレーが堪能できるカレー専門店>「レボリューション×エボリューション(レボエボ)」のオーナー。
<店舗情報>
Website:https://akiba-curry.com/
X:https://x.com/RevoEvoCurry