再開宣言|新1回 千澤のり子エッセイ

 突然の休載、大変申し訳ありません。
 2023年10月、ひょんなことから飲食店のオーナーになりまして、ちょうど1年が経ちます。
 その間、いろいろな、本当にいろいろなことが起きました。ひとつひとつを書いていったら、一種のサクセスストーリーとして、相当の分量にはなります。
 記録として残しておいてもいいかと考えていましたが、どうしても感情的になり、書いては消しを繰り返していました。
 苦労話を読んでもらうのはみっともない――。
 だったら、心のなかが空っぽになるまで、何も書かないでいよう。
 ただし、タイムリミットは決めていました。
 絶対に2024年10月から、文章を書いていこう。
漠然として、手探りだった経営も、ようやく道筋が立ってきたので、復帰いたします。
 古書店三月兎之杜様をはじめ、あらゆる方々にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
 閑話休題。
 私の店は飲食店とはいっても、ステージがあって音響設備も整っています。ライブやトークショーなども開催できます。
 今年の8月には、中国のミステリ好きの方々が日本にいらっしゃって、貸し切りのイベントがおこなわれました。

 テーマは、鉄道ミステリ。
 幹事の方がまとめた資料をもとに、私が補足したり、意見を述べたりするという内容です。
 御一行のお食事が終わったあと、日本で鉄道ミステリが流行った理由を分析し、時刻表ミステリの一例について語り、今後の鉄道ミステリについて自分の考えを伝えていきました。
 最後は質問タイムになりました。
「先生の好きな作家は誰ですか?」
 不意打ちでした。
 好きな作家はたくさんいます。ただし、ご質問の意図は、仲良しとか、お世話になっているとか、そういった解答をお求めではないことは分かります。
 コンマ1秒くらい間を取って、出てきた方は――
「麻耶雄嵩さん」
 どよめきが起きました。会場の堅苦しさが一気に溶けていきます。こんな壊れた世界ならこの心理行動になるのも不自然ではない、という説得力が気に入っています。
「知ってる!」
「読んでる!」
「ぼくも好き!」
 大学で教鞭を取られているという通訳の先生から、「皆さん、本格ミステリ好きなんですよ」とお聞きしました。麻耶さんは本格ミステリ作家クラブの現会長でもあるので、「日本にはこういう団体があって……」と紹介してもらいました。
「ミステリではない作家では誰が好きですか?」
「貫井徳郎さん」
「読んだことない」
「面白いですよ。ちょっと語弊がありますが、ユーモアでなく、残酷さや虚しさを描いた作品に私は面白みを感じます」
 よく考えたら、貫井さんは日本推理作家協会の現会長です。
 どちらも自分の所属している団体の会長さんではないか……。
 滝汗が流れましたが、決して媚びているわけではありません。
 デビュー前、ミステリイベントに参加した際の自己紹介でも、好きな作家に挙げていたなあと思い出しました。
 中国の若いミステリ好きの方々は、本格ミステリを好きな傾向があるそうです。店内で販売している『本格ミステリ・エターナル300』の中国語版を持っているという方もいらっしゃいました。

  最後に、通訳の先生がこのようにおっしゃっていました。
「僕は人間ドラマのあるミステリが好きなんですよね。なんだか寂しいです」
 若い頃、今の自分と同じくらいの年の方から、同じように語られたことがあります。
 若い世代の方々から、本格ミステリというジャンルは好まれやすいのかな――。
 ネットで出会ってきた本格ミステリ好きの方々が、いつの間にか代替わりして、同世代がいなくなっている現状に、私はほんの少しの寂しさを感じました。
 同時に、自分も歳を重ねるごとに、ヒューマニズムの濃い作品に興味が向いていることに気がつきました。
 ――謎解きメインで、めっちゃ人間ドラマとしても楽しめる作品を、自分で書けばいいのか。
 私はこれまで、「捕まることを恐れない」「目の前の犯罪よりも自分の好奇心のほうが大事」「ルールや習慣は守る」という理由付けをしたいがために、子供が主人公の話を書いてきました。「倫理観ゼロ」と評価をいただいたこともありました。
 あの頃、本格ミステリが好きだった方々に向けるとしたら、どんな話がいいのでしょう――。
謎解きは面白い。
 だったらパズルやゲームでいいはず。
 小説でしか表せないミステリの面白さとは何なのか。
 今までの人間関係や読書とはまったく異なる世界にいるので、せっかくなら自分のリアルな経験から、改めて本格ミステリを見つめ直していこうと決心した次第です。
 ひょっとしたら、本格ミステリから、「小説」ないしは「本」全体までたどり着けたら感無量です。

https://akiba-curry.com
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