原作付きの演劇|第59回 千澤のり子エッセイ

 早いもので、古書店三月兎之杜さんにて月に1回連載記事を書くようになってから5年になります。先月は忙しなかったり、体調があまり良くなかったりしてお休みしてしまいました。また毎月書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。
 今年はとにかく観劇をした年でした。本格ミステリに焦点を絞っても、全作品を追えないくらい本数がありました。文字数に制限のある年間記事では、詳細に取り上げることは、ほぼ不可能です。
 こちらの記事は、「本と記憶」が主題であるため、せっかくですので原作付きで気になった作品を紹介します。
 まず、1つめが、浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』。
 
(書影出典:Amazonより) 
 主人公は、人気IT企業の最終選考に残ることができた就活生です。出された課題が、「最高のチームを作り上げる」こと。全員が内定となる可能性は高かったはずなのに、土壇場になって「六人の中で誰がもっとも内定者にふさわしいかをディスカッションする」内容に変更となった、という出だしです。
 朗読劇につき、演者たちは舞台上でシナリオを手にしています。なので、セリフ量はかなり多くなります。だからこそ、入り組んだ物語を2時間程度にまとめられたのでしょう。原作と変更はありませんでした。
 セットはほとんどなく、パイプ椅子に座っている場面が続いたので、文章でしか得られなかった驚きを観客に与えることができていました。私は原作が記憶に残っていたので、演出にばかり目が向いていました。朗読劇から物語に触れた人は、どのような感想を持ったのか、興味を惹かれます。
 2つめが、辻村深月『ぼくのメジャースプーン』。

(書影出典:Amazonより)
 「AがクリアできなければBの罰を与える」という、「条件ゲーム」といわれる提示能力を持つ小学4年生の男の子が主人公です。学校の飼育小屋で飼っていたウサギを殺した犯人と主人公の対決に焦点を絞った内容でした。
 原作は、10年くらい前にマイ・ベストにあげたほど好きな作品です。この作品を読むまで、私は「目には目を」の主義でいましたが、それでは良くないのかもしれないと思ったほど、倫理観が変わりました。
 見せ場となっていたのが、主人公の「ぼく」と通院している心療内科の先生によるセリフ場面です。全部合わせて1時間以上ありました。ぼくの結論と先生の説得に涙を流していた観客も少なくありませんでした。冒頭が10年後の教室に変更されていましたが、本編につなぐ良き効果となっていました。
 3つめが、青柳碧人『浜村渚の計算ノート』。

(書影出典:Amazonより)
 連作短編形式のミュージカルでした。政府が数学をなくそうとしている世界で、数学理論に則った事件が起き、数学の得意な少女・渚が警察に協力し、解決に導くという内容です。
 あの世界観をどうやって舞台化できるのだろうと、興味津々でした。三次元化した渚は、原作どおりに明るく可愛らしく、好感の持てる子です。ファミリー向けに作られているせいか、各話で出てくる数学の問題も分かりやすく、特に日本地図と色で示した四色問題は、数学とは難しいものだという思い込みをなくさせられるほど、見事な出来栄えでした。渚と刑事の年齢や性別を超えた信頼関係も、見せ場となっています。
 最後が、同じくミュージカルの京極夏彦『魍魎の匣』。
 
(書影出典:Amazonより)
 背景に物語の時系列や主要ワードが表示されているため、世界観に入り込みやすく、メディアミックス化されたもののなかで、もっとも好印象の作品でした。私の一番好きなラストのセリフもしっかり入っていたのもよかったです。決して榎木津がかっこよすぎたからではありません。
 小説原作の作品を舞台化する際、どこまで情報を入れるかが鍵となるでしょう。文字のように順番を追わなくてもいいので、数ページを一瞬で表すこともできますが、文章でしか得られない感動をどう伝えるかという課題は残ります。
 さらに、時間との戦いもあります。本はいくらでも時間をかけることができますが、舞台は時間にも場面にも制限があり、セリフをかむ程度のミスはあっても、大きな失敗ができません。観客にも緊張感が伝わってきて、小説とは異なる楽しみ方ができます。
 時間とお金の続くかぎり、ミステリ観劇は継続していきますが、来年度はどんな作品に出会えるのでしょう。今からとても楽しみです。

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