『2022本格ミステリベスト10』|第50回 千澤のり子 エッセイ


昨年末、『2022本格ミステリ・ベスト10』が発売されました。
 初めてこのムック本の存在を知ったのは、98年度版です。仕事帰りに池袋西武内の書店で『このミステリーがすごい!』以外にもランキング本があるんだと、何気なく手に取ってみたら。
(麻耶雄嵩『鴉』が1位とは!)
 危うく声に出してしまうところでした。他のランクイン作品も、読んでいるものばかりです。しかも、自分の好きなタイプのミステリです。恩田陸『三月は深き紅の淵を』は未読だったので、レビューを読んで興味を持ち、すぐに入手しました。
(こういったレビューがあれば、内容を忘れないのではないか)
 本を選ぶ際の参考にもなります。ノベルスや文庫はあらすじが記載されていますが、ハードカバーは帯くらいしか内容の見極めができません。順位だけを記録しておきたいのなら、メモを取ればいいだけです。けれど、本について書かれている論までは覚えきれません。一冊に、しかも毎年まとめられていることは、とても貴重なんだと実感しました。
 その後、実生活ではいろいろなことがあり、大量に本を手放さないとならない時期もありました。
(本について書かれている本を保管していれば、10冊の本を持っているのと同じになるのではないか)
もちろん、同じではありません。けれど当時は、こんなふうに自分を納得させていました。

 縁があって探偵小説研究会に入会し、『本格ミステリ・ベスト10』の編纂に携わるようになったのは、2006年版からです。東野圭吾『容疑者Xの献身』が1位を獲得し、私は国内10位の佐々木俊介『模像殺人事件』のレビューと「泣ける本格」というコラムを担当した記憶があります。

 今回で16年。あっという間でしたが、幼児だった息子が社会人になり、赤子だった娘が高校を卒業しようとしています。それだけ長い年月を、ムック本製作にかけてきたのだなと、今年は特に振り返りました。
 アンケート回答をはじめ、見開きのレビュー、半ページのレビュー、コラム、国内座談会、海外座談会、ゲーム記事のピンチヒッター、気鋭インタビュー、マン・オブ・ザ・イヤーインタビュー、特集の座談会司会、特集原稿、装幀大賞進行、近況報告会、16年の間で一通り担当させていただいています。レビューを1本書くだけでひいひい言っていた子育て中の母は、いつの間にかいなくなってしまいました。
 ところで、2022版は、私にとっても節目の刊であります。
 それは、2021年版の演劇コラムが、4ページの記事になったことです。
 ドラマや映画はもともとよく観ていますが、ミステリの観劇も結構行ったなと思ったのが、2019年頃。調べてみたら、ミステリを題材にした演劇はかなりたくさんあります。1年間の総まとめをしたほうがいいのではないかと企画を持ち込んだら、「コラムでなら」と通りました。
 ただし、演劇は期間が短く、円盤化されないものばかりです。記事を読んでくださった方が興味を持ってくれたとしても観られません。
 果たして、ページをいただく意味はあるのだろうか――。
 企画が通ってから悩みましたが、次々に新しいミステリ演劇は上演されていきます。足を運ぶにつれて、だんだん気がつきました。
 演劇は、明らかに客層が異なるのです。私はミステリだからという理由で訪れていますが、周りはたいてい劇団や俳優目当てです。
(ならば逆に、演劇からミステリの世界に入っていくこともあるのではないか)
 可能性はかなり低いでしょう。でも、ゼロではなさそうです。もとい、ないと信じたいです。ミステリ読者が一人でも増えれば、私の思いが充分に伝わったことになります。
 そのために、かなりの時間を割き、懐も寒くなる一方で、体力も相当使いますが、2023年版の記事を書くために、観劇中心の生活になっています。
 それもこれも、あのとき、『本格ミステリ・ベスト10』を手に取ったからです。ムック本になった初めての刊です。だからこそ、思い入れがあります。もしも、数日、あるいは数年タイミングがずれていたら、きっと別の道に進んでいたかもしれません。
(了)

※千澤のり子先生書き下ろし!過去のエッセイ一覧はこちらへ。

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