特殊設定ミステリ|第40回 千澤のり子 エッセイ

 先日、ツイッターのミステリ読みの間で、「特殊設定ミステリ」の話題が盛んに行われていました。
例えば、「本格ミステリ」のように、ミステリのジャンルであるということは分かっていても、定義が曖昧になっている言葉もあります。
「特殊設定ミステリ」も同様です。「この言葉が初めて商業誌で使用されたのはいつだろう」という疑問が投げかけられ、有志で調査が行われていました。
「特殊な状況下におけるミステリ」のような言い回しはありましたが、「特殊設定ミステリ」という言葉が使われるようになったのは、私の記憶では、ごく最近だと把握しています。商業誌で文章を書くようになってから、今まで見かけなかったような言い回しを読んだり聞いたりしたら、アンテナが働かすようにしているからです。
私にとっては、2000年代に入ってからは「ごく最近」です。この言い回しを知ったとき、下の子は生まれていたので、20年は経っていないということは分かります。
新しい表現を商業誌で使うとき、個人の文章の中で登場するなら、言葉の定義も一緒に述べるでしょう。その場合は、誰かの記憶に残りやすくなります(これは持論なので、必ずしもこのように事が運ぶとは限りません)。
ならば、帯の謳い文句か、対談か、似たような書籍を集めた特集で用いられたのではないかと推理を重ねました。
「特殊設定ミステリ」ならば、「特殊設定」にこだわりを持っている人の文章をあたれば手がかりが掴めそうです。私の所属している探偵小説研究会の先輩で、飲み友達でもある笹川吉晴さんが「異世界本格」や「異形」や「特殊設定」について見識が深いことを思い出しました。日頃のおしゃべりでこのような会話はよくするし、商業誌でも執筆されていたと、ツイッターで指摘したところ――。
探偵小説研究会・編『本格ミステリ・ディケイド300』(原書房)のコラムで「特殊設定ミステリ」という表現がありました。刊行以前の『本格ミステリ・ベスト10』や本格ミステリに関するムック本をあさってもないので、きっと商業誌の語源は『ディケイド300』なのでしょう。

 その後、本格ミステリで「特殊(設定)」という言い回しが用いられたのは、西澤保彦『人格転移の殺人』の講談社ノベルス版に寄稿された大森望さんの解説がスタートラインではないかと収まりました。このあたりは、同じく探偵小説研究会会員で、古くからのミステリ仲間である蔓葉信博さんがツイッターでつぶやかれています。

 私が気になったのは、「「この作品は特殊設定ミステリだ」ということ自体がネタバレになるのではないか」という意味のツイートです。流れるまま読んでいたので、誰がどのように発言したのかまでは覚えていません。
 主にミステリ作品などで、犯人やトリックの手法みたいな謎の答えを明かしてしまうことはネタバレになります。設定そのものが謎になっている作品を除き、設定を明かすことがネタバレになるのでしょうか――。
 よく記憶を振り返ると、たしかにありました。読了した人たちが「○○○」と伏せ字で話していた作品が、つい最近ありました(私の感覚では5年以内は「つい最近」です)。
 さらに、もっと前。私が本を読み始めた時期に、特殊な設定が出てきて驚いた本がありました。
 その作品は、山下夕美子『ヒコくんとサイレン・ミコちゃん』です。

 私が初めて読んだのは、小学校2年生でした。泣き虫の妹・ミコに手を焼いているお兄ちゃん・ヒコくんの視点で描かれた連作短編集です。日常の兄妹ものだと思いきや、各話には、不思議な現象が出てきます。
 なぜこんなことが起きるのだろうと、何の疑問も抱かず、物語は進んでいきます。日常と特殊な状況が共存していて、ハラハラドキドキ、しんみりさせられるお話です。まったく内容を知らずに読んで、すごく驚いたことを思い出しました。
ただ、ミステリの真相を知る「驚き」とは別の「驚き」ではありました。私にとっては「叙述トリック」に騙されたときの「驚き」にも似ていますが、このあたりを語るためには、もう少し分析が必要かなと思っています。
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※本記事の公開後に指摘があり、大森望さんがTwitterにて、「特殊設定ミステリの当社最古の用例。初出は本の雑誌2005年8月号。『21世紀SF1000』に収録。」とつぶやかれていたほか、米澤穂信『折れた竜骨』(2010年)のあとがきにも「特殊設定ミステリ」という用語が使われていることが判明しました。お詫び申し上げます。(2021年3月2日追記)

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