自作解説『少女ティック 下弦の月は謎を照らす』|第39回 千澤のり子 エッセイ

単著としては4作目の『少女ティック 下弦の月は謎を照らす』が発売されました。
 もともと雑誌で連載していた作品ですが、書籍化が決まってから、大幅な加筆修正を行っています。5編あった話を4編にしぼり、物語の順番や各話のタイトルを変え、エピローグを追加。書いた文章はすっかり忘れてしまう性分なので、改稿作業はとても新鮮でした。
少女ティック
 第一話「少女探偵の脱出劇」は、携帯ゲーム機のすれ違い通信を利用し、監禁場所から脱出する話です。当時小学生だった娘から「この名前のプレイヤー、うちの近所に住んでるかもしれない」と言われたことがきっかけでアイデアが生まれました。私も執筆に加わった『サイバーミステリ宣言!』の特集を組むという話を聞き、すぐに短編化させました。

 主人公の片瀬瑠奈を小学5年生にしたのは、娘をモデルにしたかったのかもしれません。年の離れた兄がいる設定は、単純に朝まで飲み歩いてもおかしくない年齢の人を出したかったからです。
 第二話「少女探偵の自由研究」は、街の写真館から物語が始まります。懐かしい人との写真越しの再会は、私の実体験です。失踪した瑠奈の友達・ひろちゃんがハガキを送ってくれたのは、きっとひろちゃんも瑠奈と「10年後に会いたい」と思っていたからでしょう。当初は手がかりを集めて人物の行方を追う話でしたが、「何が起きているのか」に焦点を絞ったホワットダニット作品に仕上げました。瑠奈の相棒の下弦も、実は序盤にしか登場しなかったのです。
 第三話「少女探偵の運動会」は、小学校の運動会に盗聴器が仕掛けられたらという発想から、まったく異なる物語になりました。校舎のモデルは子供たちの通っていた小学校で、得点係は私が小学校時代に経験したことです。特撮ドラマ「ゴーストレンジャー」の物語は、改稿中に考えました。保育園時代は「せいぎのヒーローになりたい」と思っていた瑠奈が、戦隊ヒーローに夢中になっている大人を「子供みたい」と思うところは、半分だけ大人になった女の子を表しているつもりであります。
 第四話「少女探偵と凍死体」で重要な鍵となった兄のアルバイトも、私の実体験です。兄が殺される話にもできたかなと後になって思いましたが、単なる情報屋としてとどめておいてよかったです。瑠奈と仲良くなった老人の斎藤さんは、私の理想の大人です。自分のことは名前しか言わず、瑠奈についても、同様に名前と住んでいる方面しか聞きません。一緒にゲームを楽しめれば、性別も年齢も関係なく友達になれる、そんなテーマが隠されています。
 そもそも単著デビュー作の『マーダーゲーム』も、愚直にルールを守って純粋にゲームを楽しめる年齢ということで、登場人物たちを小学生に設定しました。あのときから、小学生主人公に対するこだわりがあったのかもしれません。

 とても幸せなことに、本作は新井素子さんから推薦をいただけました。
「おめでとうございます! よかったねえ。読みます。いつ出るのですか? 読みたいです」
 新井さんは第一声でこのようにおっしゃってくださいました。内容をお伝えしていなくても、私が書いたというだけで読みたいと思ってくださる方がいるなんて、こんなにうれしいことはありません。小説を書いていてよかったと、心底思いました。
 帯の推薦文のとおりの本で、一見童話のようだけれど、かなりシビアな現実を描いています。作者は相当計算しました。タイトルは造語です。少女視点でしか描けない物語を、かつて少女だった者が代わりに書いたと受け取っていただければ幸いです。
よく考えたら、私は単著で大人が主人公の小説を書いていません。だから、居酒屋には入らず、車の運転をする場面もありません。その代わり、公園や道端や土手、ショッピングモールがよく出てきます。そろそろ作品も大人になったほうがいいのではないかと、新たな物語を考え中であります。
偶然にも、本作は下弦のモデルとなった方のおかげで出版できました。この場をお借りして、お礼を申し上げます。ありがとうございました。

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