本格ミステリ入門講座|第38回 千澤のり子 エッセイ

 昨年の11月、お世話になっている天狼院書店の担当さんと打ち合わせ中、本格ミステリに関する雑談になりました。
 私にとっては日常会話です。けれど、語りたい内容にたどり着くまでには、あらゆる注釈を入れないとなりません。自分と同世代の方なら気にしませんが、担当さんは20代の女性です。『本格ミステリ・ベスト10』が始まった頃にすでに成人していた私と、就学前だった担当さんとでは、共通認識が異なります。
 目を輝かせて話を聞いてくださった結果、意外なご提案をいただきました。
「年末年始の講座にしませんか?」
 よほどのダブルブッキングでない限り、いただいた仕事はありがたくお受けします。
でも、日が経つにつれて、分不相応なのではないかという迷いが生じてきました。
告知は始まり、開催も本決定。後戻りはできません。
その間に、『2021本格ミステリ・ベスト10』が発売されました。

今年もたくさん書いたなあとページをめくっていたら、編纂している探偵小説研究会に入会し、初めて『本格ミステリ・ベスト10』のレビューを書いたときの気持ちが蘇ってきました。
15年前のことです。過ぎてみればあっという間でした。
――15年もやってきて、何を今更、甘ったれたことを言っているのかね。
もしも探偵小説研究会員の一人が同じような悩みを持っていたら、私はこのように叱咤するでしょう。他人には言えるのに自分には言えないなんて、おかしな話です。
 それでも若干不安は残っていたので、「今度、こんな仕事をする」と新刊の担当編集さんをはじめ、数人に打ち明けました。
 話したことで決意が固まり、いざ本番。
 資料なしの板書のみで本格ミステリ入門講座はスタートしました。
 始まってすぐに、分かったことがあります。
「『本格ミステリ・ベスト10』の編纂に携わっています」といっても、その『本格ミステリ・ベスト10』がどういうものなのか、承知されていません。
 とても衝撃的でした。
明確な定義までは必要とされなくても、日経新聞とスポーツ新聞は異なる程度には、周知されていると思っていたのです。
ずっと本格ミステリという閉ざされた世界の中にいたからこそ、見えていなかったのでしょう。
ならば、私のいる世界を知ってもらおう、どんなに魅力的か伝えようと、4日間を目一杯使って熱く語りました。
受講生の皆さんが特に興味を持ってくださったのは、ブックレビューです。ランキング本は毎年刊行されますが、数年単位、あるいは小説以外のジャンルを紹介する本は、なかなか出ません。

振り返ると、私が本格ミステリの世界に深くはまるきっかけとなったのは、一冊のガイド本でした。本格ミステリを読み始める方々のガイドブックとなる本は、時代が変わっても必要なのかもしれません。
たくさん紹介されている作品の中から、自分でお気に入りを見つけていく、この過程も楽しんでいただけたらと思っています。目につく場所に置けば、いつでも開けて、いつでも探せる、これが紙の本の特権でもあります。
小説ならこの5作、映像ならこの5作と、即興でマイベストもあげました。その場で思いついた作品をあげたのですが、自分でも意外な作品を高く評価していることが分かりました。
叙述トリックは中町信さんや折原一さん以外では……と一作だけ紹介した作品は、「読了後にタイトルの読み方が変わる」という本です。読んだ人はタイトルが言いにくくなるからと、作者だけ紹介しました。
80年代少女漫画のミステリ作品や、ミステリゲームについては、もう少し長く語ればよかったかなと反省しています。

15年間というと、義務教育が終わる頃。そろそろ将来の自分を意識する年でしょう。
本格ミステリの使者になる。外に向けて発信していく――。
探偵小説研究会に入ったばかりの頃、「ここで何がしたい?」と聞かれたことを思い出しました。
ようやく、なりたい自分の像が見えてきた気がしています。道は険しいかもしれませんが、勇気も少しずつ身についてきているかなとも思っています。

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