恋するストーカー少女たち|第30回 千澤のり子 エッセイ

 中学1年生の2学期、読書マラソンという行事がありました。内容は、読んだ本の記録をつけて提出するというものです。期間は読書週間の2週間程度でした。

 自分がどの本を読んできたかと振り返るためにも、記録は大切です。けれど当時の私は、目録で叢書や作家の未読作品チェックはしても、自分の読書歴を残すことは好んでいませんでした。読むのは好きですが、書くのは苦手だったのです。

 あまり気の進まなかった読書マラソンでしたが、驚くことがありました。読了数の結果が学年で2位だったのです。

 1位の人は、壇上で表彰されました。クラスは異なるけれど、とても明るくて目立っていたので、顔は知っています。「だーちゃん」と呼ばれている子です。ほんの少しの敗北感と羨望の思いを覚えた記憶があります。

 2年生で私たちは同じクラスになりましたが、だーちゃんはいつも人に囲まれていて、なかなか話しかける機会がありません。

 それが、数ヶ月が過ぎた頃、だーちゃんのグループが、いつも西廊下の一角にいることに気がつきました。教室と水飲み場の中間くらいで、中央校舎や中庭が見渡せる、私のお気に入りの場所です。


「何かあったの?」

 ある日、その場所に、たまたま一人でいただーちゃんが話しかけてくれました。友達はいるのに単独行動が増えた私が心配だったそうです。事情を言わないと、あらぬ誤解をかけられそうだったので、思い切って打ち明けました。

「実は、○年○組に好きな人がいて……」

「あたしも! ここからだとよく見えるんだよね」

 想い人のクラスが一緒ということで、私たちは急に親しくなりました。

 なのに、恋バナはほとんどしません。話題は当時女子の間で流行っていたホラー系の漫画や映画ばかりです。好きな人の姿を目で追いながら、御茶漬海苔『惨劇館』や映画『ギニーピッグ』を楽しく語る光景は、周囲からはいささか異様に映っていたかもしれません。

 初めてかかってきた電話なんて。

「しかちゃん(私のあだ名)、今週の『ジャンプ』読んだ? クリリン(鳥山明『ドラゴンボール』のキャラクター)が……クリリンが死んじゃったの!」

「なんですって! ちょっと文楽(地元の書店)行って読んでくるわ」

 こういうやり取りができる友達はとても貴重です。

 なぜ、そんなにたくさんの本を読めるのかと聞いたこともありました。だーちゃんは時代小説が好きで、続きものを一気に読んでいたら、自然に冊数も上がったそうです。

「いい? しかちゃん(私のあだ名)。読書は量じゃなくて中身だよ。好きな本を楽しく読む。これがいちばん」

 誰にも理解されなくても、自分の好きな道を貫くというスタイルは、だーちゃんから教わりました。

 3年生では違うクラスになり、高校も大学も別々でしたが、付き合いはずっと続いています。

 20年近く前のある日、だーちゃんに頼まれたことがあります。

「ミステリを初めて読む人間に、1冊だけでその面白さが分かる本を教えてちょうだい」

 悩んだ末に貸した本は、島田荘司『占星術殺人事件』でした。数日後。

「君は本当にこういう話が面白いのかね。犯人は登場人物表を見たら分かるじゃないか」

「分かんないよ」

「動機からしてもほかにいないでしょ」

「だって、その人には犯行不可能だったじゃん」

「でも、犯人だったわけでしょ」

「だから、その不可能状況を解くのが面白いんだよ」

「はー、なんでそんなめんどくさいことをしてまで人を殺すのか分からん」

 ほかに最近面白いと思った本を貸してほしいとお願いされたので、まだ刊行されたばかりの歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』を渡しました。この作品は「たまにはミステリも面白いかもしれない」と満足してくれましたが、肝心の部分については、「そのようにする意図が分からない」とのことでした。

 無理に自分の趣味を押し付けるのは主義に反しますが、いつしかミステリの面白さをだーちゃんに伝えられることが、私の目標でもあります。

 でも、きっと――。

「あたしのことはいいから、好きなものを好きなように書きなよ」

 このように言われそうな予感がしています。

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