高校の図書室|第24回 千澤のり子 エッセイ

 先日、娘の学校の文化祭に行ってきました。
 義務教育を終えてからは、呼び出しがない限り、学校には行かないようにしています。悩み事があるのなら力になるけれど、特に何もないなら、子供には親の知らない場所を持っていてほしいからです。
 それでも、校舎を自由に歩き回れる機会なんてないからと理由をつけ、学校を訪れました。
 体育館で娘の所属する部活動の発表を見てから模擬店めぐり。避難経路、渡り廊下の雰囲気、中庭で死角になりそうな場所はしっかり観察できました。気になっていた学食のランチは、女子用のメニューのせいか、量は少なめで野菜がたくさん。味も満足できます。
 廊下の隅で、古本市の案内を見つけました。場所は図書室です。
 実は高校時代、図書室に入ったことがありませんでした。学校は私にとって楽器を吹く場所でしかなかったからです。
 初めて立ち入る図書室は、意外と広く感じました。出入り口に受付、中央に椅子と机、本棚は奥にあります。小さな特集コーナーの前に細長い平机が設置されていて、文庫本を中心に本が並べてありました。量はダンボール二箱分くらいです。現金の取り扱いなし。その代わり、お勧めの本を一冊、指定の紙に書いて出したら、本を二冊交換できるとのことでした。
 まず、手に取ったのは、『MOE』のバックナンバー。小学校高学年から10代後半くらいまで、夢中になって読んでいた絵本の雑誌です。『不思議の国のアリス』や『くまのプーさん』の書かれた背景を知ったのも、この雑誌からでした。

 児童書の周辺書の所有は、『アリス』と『プーさん』と『星の王子さま』のみにしているので、『MOE』は諦めました。将来的には『ムーミン』も手元に置きたいのですが、スペースを確保しないとならないので、もうしばらくお預けです。
 小説は、ミステリは少なめで、持っている本が大半でした。その中から、うちにある本はカバーをなくしているからとエラリー・クイーン『エラリー・クイーンの冒険』、解説がついているからと澤村伊智『ぼぎわんが、来る』を選びました。

 次はお勧め本の記入です。遠目にある本棚の本や目の前の本には見当たらない作家で、校舎が出てきて、入手困難ではない作品を考えました。
(『君が見つけた星座』を書くのだ。宣伝になるぞ。私立高校が舞台なんだし)
 心の中で悪魔が囁きましたが、ここで自分の本をお勧めに書くのは、私の道理に反します。
 文化祭だから、赤川次郎『死者の学園祭』、恩田陸『六番目の小夜子』も候補に考えました。
 迷った末、浅倉明成『教室が、ひとりになるまで』を記入しました。かつて高校生だった頃を忘れようとしている自分に、深く突き刺さった作品です。
 
   昨年の学校見学から何度か訪れている娘の学校の生徒たちは、みんな楽しそうで学校が大好きなように見えます。でも、私が知らないだけで、「教室」という場所に何らかの複雑な思いを抱いている人もいるかもしれません。言葉にできないもやもやを抱えている人、逆にそんな気持ちとは無縁の人にも、何かしらの思いが届く作品ではないかと思っています。
 できることなら、「ピンとこないけど、ミステリの部分は面白かったな」という人が一人でもいれば幸いです。毎日を平穏に過ごしている証拠ですから。
 文庫本を二冊と交換して、再び校内めぐりをしてから、娘の課外活動を見に体育館に行きました。自分で作った服を着たファッションショーが行われていました。
 舞台上の彼女は、私の知らない顔をしていて、学校生活を心から楽しんでいるようでした。
(自分のように不安定な状況だったらどうしよう)
 心配は無用でした。私は娘に30年前の自分を重ねてしまい、それで特別な用事以外は学校に行かないようにしていたのかもしれません。
 すべての子供たちが学校にいる時間を好きになれますように、今いる時間を大切に思えるようにと思い、校舎を出ました。
 たぶん、来年も訪れます。

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