佐賀ミステリファンクラブ例会(前編)|第22回 千澤のり子 エッセイ

 先日、少し早めの夏休みを取り、佐賀県にある竹本健治さんのご自宅に遊びに行ってきました。
 今回の旅の目的は、佐賀ミステリファンクラブ(編集者注:竹本健治氏が顧問を務める)の例会参加です。
 初日の開催場所は、JR佐世保線の三間坂駅にあるコミュニティースペース「悠」。15人くらいが机を囲めるくらいの広さで、竹本さんの奥さまが主催の、可愛らしい形の金花糖菓子を集めた「懐かしの砂糖菓子展」も行われていました。
 例会の内容は、同行者の囲碁仲間・根倉野蜜柑さんによるミステリ講座です。テキストはアガサ・クリスティの短編「レルネーのヒドラ」。エルキュール・ポアロシリーズの短編集『ヘラクレスの冒険』に収録されています。
「レルネーのヒドラ」は、関係者の証言から犯人を導き出す、ごく普通の短編ミステリです。格別に印象に残る作品ではありません。どのようにしたら1時間半の講座を行えるのか、私には不思議でなりませんでした。

 飛行機が3時間遅れ、佐賀空港からリムジンタクシーに乗って予定時刻をかなり過ぎてから現地に到着しました(このリムジンタクシーは前日の16時までに予約すれば目的地まで一定の料金で行かれるので、場所によってはとてもお得なのです)。
 挨拶もそこそこに、早速開始です。
 まずは講座の主旨から。もともと英文を精読するための「text」として短編ミステリを選んだだけにすぎず、ミステリ好きの人やクリスティ好きの人を対象にしているわけではないそうです。書かれてある「text」のみを使って、真相を導き出す物語がミステリ小説であるならば、聴講者にテキストを「読み込ませる」ために、これほど適した素材はないかもしれません。
 そのせいか、「なぜ、この物語は生まれたのか」という問いに対し、作者の心情から探っていくのではなく、舞台や時代背景などの事実から検証していく手法で、講座は進んでいきます。
「噂」を「ヒドラ」にたとえていることから同時代に話題になっていた「ネッシー」を取り上げたり、「ポアロ」と「ヘラクレス」の関係性を説明したり、凶器の「毒」にちなんで現実の「毒殺魔」を紹介したり、一本の短編からこれだけのことが語れることがあるのかと、とても関心しました。
 さらに、作品にはさまざまな女性が登場することから、講座は「New Woman」の時代の分析に移りました。原文を用いながら、ある人物が言った「動機がない」という言葉の意図についての検証が行われました。
 ここが本講座の肝となる場面ですが、講座そのものの「ネタバレ」になってしまうので、詳細を語れないのが残念です。作中で感じた疑問について、作者の気持ちを読者が自由に推測するのではなく、事実に基づいた証拠を探して推理を行うことは、とても面白い作業でした。

 初めて読んだクリスティといえば、おそらく有名どころの『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』『アクロイド殺し』、ポアロやクリスティが生んだもう一人の名探偵ミス・マープルの初登場作品という方が多いと思います。ですが、「レルネーのヒドラ」が入り口であっても、クリスティ作品、あるいはミステリ作品全般の面白さを充分に語れるということがよく分かりました。
 質疑応答で印象に残った質問は、「探偵役が犯人を追いつめるために、余計なことをしてボロを出させる作品の元祖はなんだろう」。パッと思い浮かばず。当該テキストが発表された年代は、第二次世界大戦より前の1936年。この年より前の作品を振り返って検証してみたくなりました。
 今回の参考文献は、東浩紀『アガサ・クリスティーの大英帝国』、霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』などだそうです。次はエラリー・クイーンの短編で同じような講座を行いたいと根倉野蜜柑さんはおっしゃっていましたが、原書が手に入りにくく、苦戦しているとのことでした。
 夜はBSで再放送していた「パンを踏んだ娘」の影絵劇を観ながらミステリ談義。翌日も例会参加のため、朝まで語ることはせずに早めに就寝となりました。

(佐賀ミステリファンクラブ例会(後編)につづく)

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